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ウクライナ難民支援 オンライン報告会(確認用)

WFWPではウクライナにおいてチョルノービリ原発事故による被曝者の支援活動を行ってきました。

2022年2月24日、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まり、多くの難民が発生しました。WFWPウクライナ派遣員は6月15~28日、ウクライナ難民のためポーランド、ドイツで支援活動を行いました。

7月30日、ウクライナ難民支援についてオンラインで報告会を行いました。下記はオンラインで行われた報告会の内容です。

WFWPウクライナ難民支援1

2022年2月24日に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻は世界に衝撃を与えました。3月上旬の時点では首都キーフ周辺までロシア軍が侵攻。今はキーフ周辺からはロシア軍は撤退していますが、南東部ではロシア軍の激しい攻撃が行われ、そのほかの地域でも爆撃があり、民間人が亡くなっています。
国連人権事務所(OHCHR)の調べでは、市民の死者は5000人以上と言われています(7月17日時点)。 今もなお、ウクライナでは多くの民間人が被害を受けています。

WFWPウクライナ会長はオンラインでミーティングを行った際、ウクライナな悲惨な状況を話してくれました。

多くの民間人が拷問され、殺害されて、女性は子供から70歳の老人までレイプされています。それも、両親や子ども、兄弟の前でレイプされているのです。被害者はもちろんのこと、強制的に見せられた人々も精神的にダメージを受けている。

このような現状のため、現在、ウクライナ国内には入国できない状況です。そのため、ウクライナ難民を最も多く受け入れているポーランドと隣国のドイツに入国し、ウクライナ難民の支援活動を行いました。

<ドイツ・シュトゥットガルト>

ウクライナ難民の方に日本からのお土産と支援金を渡し、食事をしながら交流をしました。
シュトゥットガルトに避難していた家族は甚大な被害を受けたキーウ郊外の町、ブチャから避難してきました。ブチャでの体験をこのように話してくれました。

爆弾で死ぬことは怖くなかった。なぜなら、そのまま一度に死ぬことができるから。それよりも怖いのは、ロシア兵に見つかって、拷問やレイプされることだったので、家の屋根裏部屋に静かにしていた。

<ドイツ・デュッセルドルフ>

ウクライナ支援WFWP

デュッセルドルフでも日本からのお土産と支援金を渡し、ウクライナ難民の方にどのように避難してきたかをヒアリングしました。

戦争が始まると聞いて、朝早く起きて40分で荷造りをしましたが、 タクシーを呼んでもなかなか来ませんでした。夕方になって、やっとタクシーに乗ることができた。そして、列車を乗り継いでポーランドまで来て、それからドイツに避難してきた。

<ドイツ・ベルリン>

ベルリン駅にはウクライナ避難民のためのインフォメーションセンターがあり、 生活必需品を無料でもらえる場所や、サンドイッチや飲み物などの軽食を無料で食べる場所などがありました。ウクライナ難民は電車代は無料なので、何時間もかけてもらいに来ているとのことでした。

ベルリンでもウクライナ難民の方に支援金を渡し、交流会を開催しました。
戦争が始まり、食料を買うにも、長蛇の列でパンを買うこともできなかったこと。 移動の列車の中は満員で、荷物も盗まれ、最終的にはリュックだけでドイツに避難することになったことなど、私たちには想像できないような凄まじい体験をそれぞれが話してくれました。避難した後、オンラインでカウンセリングを受けたそうです。

この写真はベルリンに避難した女性が送ってくれました。
左側はシェルターの写真です。暗い地下で寝る場所もなく、子供もペットも全て一緒で、怖くて泣いてばかりいたと話してくれました。

WFWPウクライナ

右は移動中の列車の様子です。寝台列車なので3時間もかけて移動したそうです。本来はシートに1人なのですが、 4人で座っています。座る場所がなく、トイレに座っていた人や、精神的におかしくなった女性などもいたということでした。

ウクライナ難民同士、友人であっても住んでいるところが離れていて、1時間以上かけて集まった人もいました。離れていると、ウクライナ語では会話することもできず、孤独になりやすい現状にあります。
ホテルを1ヶ月ごとに変わりながら生活をしている女性は、 食事は毎日サンドイッチなので、久しぶりにウクライナのブリンチキンという手作りクレープを食べることができて嬉しいと言っていました。

<ポーランド・ヴロツワフ>

ポーランド・ヴロツワフではWFWPウクライナのメンバーと共に難民センターに避難している方々に支援金を渡し、日本文化紹介を行いました。この難民センターは一時的な避難場所で、難民の方々はここからまた別の場所へ移動するそうです。

WFWP世界平和女性連合ウクライナ支援

折り紙で「ぱたぱた鶴」と「チューリップ」を子供と一緒に作りました。 習字コーナーでは参加者の名前を筆で和柄の紙に漢字で書き、漢字の意味を伝えます。 当て字ではありますが、深く美しい意味のある漢字を選んで書くので、皆さんはとても喜んでいました。日本の歌とソーラン節も披露しました。
子供たちにおもちゃやお菓子を渡し、少しの時間でしたが楽しい時間を過ごしてもらいました。

参加した難民の子供が私たちに日本語で「ありがとう」と書いた手作りカードをくれました。難民という大変な立場なのに、私たちへの心遣いに嬉しく思いました。

<ポーランド・ワルシャワ>

ワルシャワのボランティアセンターを訪問しました。毎日200~500人の人々が何時間もかけて物資をもらいに来ています。戦争が始まった頃はたくさんのボランボランティアセンターがありましたが、今はウクライナに戻っている人も多くなり、 5~10カ所くらいになっているそうです。

ボランティアセンターの様子です。ポーランドの人たちが服や靴、おもちゃなどを寄付し、その中から必要なものを難民の方たちが持って帰ることができるようになっています。
戦争が始まったのは2月だったので、難民の方たちは冬服しか持っておらず、夏服が不足しています。ここでは、パンなどの軽食ももらうことができます。

ボランティアセンターの隣のカフェでも日本文化の紹介をしました。日本の歌とソーラン節を披露しました。「日本の皆さんがウクライナの人たちのことをとても心配して、支援してくれている」ということを伝えました。
習字コーナーでは名前の漢字の意味に大人の皆さんがとても喜んでいました。折り紙コーナーでは「ぱたぱた鶴」「チューリップ」を子供と一緒に作りました。七夕が近かったので七夕祭りの紹介をして、短冊に皆さんの願い事を書いてもらい、飾りました。

このボランティアセンターを運営しているユナイターズ基金へ支援金を渡しました。

ユナイターズ基金はポーランドに住んでいるウクライナ人が8年前に立ち上げた団体です。 最初は東部難民の子どもたちの支援をしていましたが、子供の父親が戦死し、悲しむ子供たちの姿を見て、「軍隊にいる父親を守ることが子供の幸せにつながる」と考えるようになりました。 戦争が始まって以来、軍隊のために防弾、ベスト、ヘルメット、薬、包帯、服などをウクライナの軍隊へ送るようにしたそうです。支援金を受け取る際に、この団体の方から次のようなことを言われたことが印象的でした。
「女性や子供の難民に支援をする団体は多いです。軍隊のために支援をすることは良くないイメージがあるので、それを避ける団体も多いですが、支援してもらえますか。」と何度も聞かれ、誠実な団体だと感じました。

翌日、寄付をしたユナイターズ基金を訪問しました。寄付金で早速、夏用の軍服を買いましたと報告してくださいました。

ユナイターズ基金のオフィスを案内していただき、ボランティア活動を行いました。
防弾ベストは、23キロもあるそうです。軍人の方は、この防弾ベストを着ながら戦場で活動しています。
ヘルメット、防弾ベストは購入した時に必ず試し打ちをして、不良品がないか確認しているそうです。命を守るものなので必ずチェックしてから送る必要があります。

軍隊に送る救急医療キットのパッキングを手伝いました。キットの中には包帯止、血隊ガーゼ、携帯用ブランケット、粉の止血剤がついたプラスター、ハサミ、手袋などが入っています。コンパクトにまとまっていて、怪我をした時にすぐ出せるように詰められていました。

次にノルウェーとポーランドの3つのボランティア団体が運営している難民センターを訪問し、状況を聞きました。

戦争が始まった時はたくさんのウクライナ難民がこの難民センターを訪れ、ここから別の国へ避難するため、様々な手続きを行いました。しかし、今はウクライナに帰る人も多くなり、利用する人も少なくなりました。1つのテントをたたみ、縮小して運営していくとのことです。

ワルシャワ駅前にある「ワールドセントラルキッチン」というボランティア団体が運営している炊き出しのお手伝いを行いました。ここはパスポートを見せて受付で登録すれば、誰でもボランティアができます。様々な国の人々がボランティアをしていました。壁にはボランティアをした人の国名が書かれていました。この中にはロシアの国名も書かれており、 ロシア人の方もボランティアをしたことが分かりました。ここでは絶えず、ウクライナ難民の方たちが来て、食事をしていきました。

UNHCRの調べでは、ウクライナ国内で緊急の人道支援と保護を必要としている人の推定数は1570万人、 ウクライナ国内で避難生活を余儀なくされている人々の推定数は1200万人以上です。避難を強いられ、 国境を超えて近隣諸国へ逃れた人々の現在の数は1030万人以上となっています(8月2日現在)。
そのうち、国外からウクライナに戻っている人の数は、推定250万人以上となっています。

WFWPウクライナでは、国外に避難できない高齢者の方や、 国内に避難している方々に、生活必需品や薬食料を支援しています。国内の避難地域では自治体自体が物資不足になっているので、避難民に物資を支援することも難しくなってきているとのことでした。

ウクライナ難民を訪問して、判明したことを下記にまとめました。

・難民のための支援は、自治体によって異なっている。自治体以外でもさまざまな支援はあるが、書類の提出など手続きが大変。

・言葉が分からないことがとてもストレスになっている。 また、言葉が分からないと、希望の仕事に就くことは難しく、賃金の安い仕事になってしまう。

・戦争の長期化によって、ホストファミリーも支援疲れをしている。ある女性はホストファミリーからできれば移動してほしいと言われている。働きたくても働けないし、部屋を借りたくても、ウクライナ難民は支払いができなくなるのできなくなるのではないかと思われて部屋を借りることが難しい。

マルシャワでは以前は交通費もすべて無料でしたが、だんだんと交通費もかかってくるようになってきました。戦争が長期化するにつれて、難民の方たちの生活もさらに厳しくなっていきます。

皆さんからの支援金に対して、WFWPウクライナから、感謝状をいただきました。

日本語訳:
女性の母性の心と愛によって、世界は調和と和解を実現できることを感じます。
2022年のロシアの侵略戦争によって、難民となったウクライナの人や、家族を支援するためのプロジェクトに対する皆さんの誠実な支援に励まされます。
私たちは、皆さんのボランティアへの貢献、犠牲的な心と愛国心に感謝しています。
皆さんの健康、幸福、平和を願っています。本当に感謝しています。

<今後の支援に関して>

現在、ウクライナでは物価が高騰しており、物によっては2倍にもなっています。薬は国内で生産できず、 外国製を買うことになるため、持病を持っている人たちは大変な現状です。
地域によっては、穀物、塩などが不足しています。
冬は今以上に燃料が高くなるため、生活が大変になることが予想されます。 ウクライナでは、寒い時はマイナス20度になることもあります。冬を無事に過ごすために、ウクライナの人々に食料、薬、生活必需品、燃料費などが必要です。
国内のウクライナ難民の方たちの支援を中心にしながら、国外の難民支援も行っていきたいと考えています。
今回訪問したユナイターズ基金にも、戦争が終わるまでは、定期的に支援をしていく予定です。
また、戦争が終わった後もウクライナ復興に支援が必要です。ウクライナが、平和の状態に戻るまで、 私たちは今後も支援活動を続けていきます。
皆様のご支援をよろしくお願いいたします。